批判だけなら誰でも出来る

批判だけなら誰でも出来る!をモットーにビジネス書・自己啓発書から漫画・小説まで読んだり聴いたりした本やそのサービスについて駄文を連ねるブログです。

 というわけで今日ずっと話題になっているEver17という神ゲーについてTwitterでは何を書いてもネタバレになってしまうのでこちらで書き殴ろうと思う。
 書きなぐってるだけなので文章としてはかなりおかしいけどご容赦。

 以下巻き込まれ事故の可能性を配慮して反転しておきます。



















==================================ここから

 Ever17を私が手に取ったのはその当時KIDのCloseTo~祈りの丘~に感動したのが大元で、その流れから一作目のInfiniteではなく、その完全版のNever7をプレイしたのが始まりだと思う。
 当時はDreamcastユーザーだったのでPSで発売されてたInfiniteは未プレイだったし。

 さて、このNever7。後に続くInfiniteシリーズと違い一作目であるがゆえ世間の扱いが完全に美少女恋愛ゲームであった。
 実際プレイするとNever7によって完全版になった内容は普通の恋愛ゲームとは少し毛色が違ったわけだが、制作側もまだNever7の段階ではその「正体」を美少女恋愛ゲーという皮に隠していた。
 だから一部のプレイヤー以外からの評価は普通のよくあるヤツでしょ?みたいな感じだったと記憶している。

 そしてEver17。
 Twitterにも書いたのだけどこのゲームは計算していたかどうかはわからないけどそのプロモーションから完全に「ここ数年多い美少女恋愛ゲーだけどサスペンスもあるよ?」的なものだった。
 まさかそれが罠だとはその時は誰も思わなかったのである。

 このゲームをクリアした時に、あの誰がどう見てもただの恋愛系ノベルゲーに見せかけていたのは、それも含めてすべて計算されたものだったということに驚愕しましたね。
 プロモーションから宣伝から、プレイヤーの脳内を完全に少しパニックサスペンスっぽいだけだと思い込ませるのに成功している。

 え?ギャルゲーだと思わされたのも全部トリックだったってこと?
 クリアした後にそう気がついた時の驚きったらね。

 後は根幹のトリック。
 これはもうゲームという仕組みがあってこそ。そこにインタラクティブ性があったからこそプレイヤーが本当に驚く事ができた。
 BWのような扱いを視聴者に与えるような映画や小説は他にもあるだろうけどゲームであることの利点は、その行動を自分が選んでいて、その存在が自分自身であるという事を他のメディアに比べ遥かに強く認識させられる事でゲーム中のキャラの驚きを自分のものとして感じさせることが出来た事でしょう。

 ただ一点のそのトリック、その「驚き」の為に構築された物語と、そのプロモーションは見事としか言いようがなかった。

 あの時代、あの衝撃をリアルタイムで味わえたのは幸福です。

 ただギャルゲーを期待していた一部の人からは評判悪いのはしかたないのかな・・・だってこれギャルゲーじゃないからねw
 だまされたね!!!あなた!!!!それもまたこの作品のトリックだよ。




 ・・・あれ?もしかしてファミ通のクロスレビューで失笑を隠し得ないレビューと点数がつけられてたのもプロモーションのうちだったの?

 今、それを思いついて驚愕・・・いや、ファミ通だから途中までしかやってないからあの評価だったんだろう。そうにちがいない。15年もたってそんな・・・まさか・・・・。


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